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広島高等裁判所 昭和29年(う)606号 判決

控訴人 被告人 岩城昌行

弁護人 星野民雄

検察官 今井和夫

主文

本件控訴を棄却する

理由

弁護人星野民雄の控訴の趣意は記録編綴の控訴趣意書記載のとおりであるからここにこれを引用する。

一、論旨第一点(法令違背)について

原判決が本件の犯行日時を昭和二十九年六月十二日と認定した上之に対し昭和二十九年法律第百七十七号覚せい剤取締法の一部を改正する法律により改正された後の同法第二条第十四条第一項及び第四十一条第一項第二号を適用していることは所論の通りである。

よつて同改正法律が公布せられるに至つた日時を考究してみるに、旧憲法下においては公式令第十二条により法律の公布は総て官報に掲載して之をなしていたのであるが、新憲法の施行と同時に昭和二十二年五月三日政令第四号により公式令が廃止せられ、その後之に代るべき立法措置が講ぜられないため、法令の公布については何等成文の規定が存しないことになつたのである。しかしながら公式令廃止後も引続いて従前の方式をそのまま踏襲し、法令は総て官報に掲載して公布せられ、国家各機関はもとより一般国民においても、官報に掲載せられたことをもつて公布と認め、それに記載せられた法令をその正文と解し之に従つているのであるから、今日においては法令の公布は官報によるとの不文律が確立したものといわざるを得ない。

次に法令の公布は官報によるとしても、公布の効力が如何なる時期に発生するかについては、種々論議の余地が存し、所論の如く国民が現実に官報を購読することが可能な状態に達したときはじめてその効力が発生するとする主張も一見解たるを失わない。思うに法律の公布は成立した法律の内容を一般国民に知らしめるため少くもその機会を与えるためとられる措置であるから、法例第一条に規定する如く、その公布と施行との間に相当期間を存置することが望ましいのであるが、本件改正法律(その附則第一項参照)の如く公布と同時に施行するような場合においては法律本来の使命性格に照らし人と場所とにより区別を設けることなく之を一律に施行せんとする国家目的とその適用により自由の拘束を受ける国民の利害とが調和する一時点を定めこの時を以つて法令が公布せられたものと解するの外ない。而して法律は卒然として公布せられるのではなく、之に先行してその制定手続が存し、公開の国会両院で数次の討議を経た上可決されて法律として成立するものであり、この段階において新聞雑誌或はラジオ等により法律成立の経過その内容ならびに施行期日等の大要が国民に報道せられることは公知の事実であつて、之等の事情を勘案すると、前記の調和点即ち法律公布の効力を生ずる時期は、法律掲載の官報が一般に発売頒布のため大蔵省印刷局より官報販売所等外部に向け発送せられた最初の時点であると解するのを相当とする。ところで本件改正法律は第十九国会において審議の末可決成立し、昭和二十九年六月十二日附の官報に掲載して公布せられたものであることは当裁判所に顕著であつて、大蔵省印刷局業務部長木村秀弘の回答書によると、右官報は同日午前七時五十分に前記発送手続がとられたことが認め得るから、同法律は同年六月十二日午前七時五十分をもつて適法有効に公布せられたものといわなければならない。しかるに記録によると、被告人が本件の事犯をなしたのは同日午前九時頃であることが確認できるから、その当時においては既に同改正法律が施行せられていたものというべく、従つて原判決が被告人の右事犯に対し前記改正法律を適用処断したのは正当であつて、何等違法のかどはない。法律公布の時期に関し右と異る見解に立脚して原判決を攻撃する所論は採るを得ない。論旨は理由がない。

二、同第二点(量刑不当)について

しかし、記録によると被告人は予てからヒロポン注射の形跡があるのみでなく、本件の外にも数回にわたりヒロポンを売買した容疑もあり、之等の事情と本件の罪質態様被告人の性行経歴その他記録上認められる諸般の事情を綜合すると、所論の点を参酌しても原審の量刑が不当に重いとは認め難い論旨は理由がない。

よつて刑事訴訟法第三百九十六条に則り主文の通り判決する。

(裁判長裁判官 伏見正保 裁判官 村木友市 裁判官 石見勝四)

弁護人星野民雄の控訴趣意

原判決は法令の適用に誤りがある。原判決は覚せい剤取締法第二条第十四条第一項第二号を適用し被告人を懲役一年に処している右法条は昭和二十九年六月十二日公布の法律第百七十七号覚せい剤取締法の一部を改正する法律により改正された所謂新法を適用したものである。而しながら原判決にも明らかな如く本件犯行は昭和二十九年六月十二日の犯行であり前示改正法律も昭和二十九年六月十二日公布され同日施行されたものである。同法律の経過規定によれば「この法律の施行前にした行為に対する罰則の適用については、なお従前の例による」と定められておる。従つて被告人の犯行に対し新法によるか旧法によるかが問題となる換言せば法律の施行は何時から効力を発生するかが問題である。「法律は公布の日から施行する」と云ふ場合少なくとも法律の公布を記載した官報が東京より発送された日時に其の効力を発生すると云ふ説もあるがこれはかつての如く内閣印刷局に於て官報を直接購読者に発送していた時には考へられる一種の見方でもあるが現在の如く各県に「印刷局……県官報配給所」が設けられ各配給所が其の県下の購読者に発送する現状にあわない見解である。国民は公布前の法律により束縛される理由はない公布とはすくなくとも国民がこれを知り得る状態に於かれた場合にのみ言い得るものでなければならない。本件の場合午前七時頃東京駅を官報が発送されたとしてもそれは翌日でなければ官報配給所には到達しない。従つてたんに東京駅より積荷したと云ふだけではすくなくとも広島県民はこれを知り得る機会に接していないのである。従つて六月十二日官報が東京駅にて発送されたとしても翌十三日でなければ広島県の官報配給所に到達せず同官報配給所は右翌日である十三日でなければ一般購読者に発送しないのであるから本件犯行は正に新法が施行されない以前の犯行と言はねばならない。原判決はこれを無視し六月十二日に既に前示法律が効力を発生したものとして新法を適用し処断した事は誤りと言はねばならない。

原判決は刑の量定が不当である。一、被告人には前科がない。二、被告人は年少であり現在両親の許に帰り真面目に働いている所謂ヒロポンの注射を止めかかる者の仲間より完全に離れ更正の道を歩んでいる。三、被告人は本件起訴により本件の如き犯行が如何に罪深きものであるかを深く反省している。四、従つて被告人に対し実刑を科した事は苛酷に失するものである。

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